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大阪高等裁判所 昭和26年(う)1972号 判決

控訴人 被告人 岩本在性こと李在性

弁護人 浜田博

検察官 佐山恭彦関与

主文

原判決中被告人の有罪部分を破棄する。

本件を大津地方裁判所に差し戻しする。

理由

当裁判所は先づ職権で原判決の擬律の当否を検するに

第一原判決はその第一事実として、被告人はその子李東和と共謀の上、政府の免許を受けないで製造されたものであることを知りながら、清酒を七十八回に亘り、他人に譲渡した事実を認定し、これに対し刑法第六十条、酒税法第六十二条第一項第三号、第五十三条、罰金等臨時措置法第二条を適用し、各個の譲渡行為につき、罰金百二十五円乃至千円(千円は三個のみで他は千円未満)の言渡をしてゐる。而して酒税法第六十二条には同法第五十三条の規定に違反した者は一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処すとあるのみで、罰金の寡額を規定してゐないから、その寡額は罰金等臨時措置法第二条によるべきところ、同条第一項には罰金は千円以上とする、但し、これを減軽する場合に於ては、千円以下に下げることができると規定し、罰金は原則として千円以上なることを明示して居り、これを減軽する場合に千円以下に下げることができることになつているが、この場合といえども無制限に下げ得るものではなくて、それぞれ法令の規定に従うべきであり、刑法第六十八条第六十六条により法律上の減軽と酌量減軽とを為し得べき場合に於ても、二百五十円未満に下げることはできないのである。然るところ酒税法第六十六条の規定によれば、本件の罪等には刑法第四十八条第二項、第六十三条及び第六十六条の規定を適用しないことになつているから、酌量減軽はできないし、他に法律上の減軽事由のない本件においては一個の行為につき千円を下りたる罰金を以ては処断できない場合である。故に原審公判に於ける検事の千円未満の罰金の所謂求刑も失当であると共に、千円未満の罰金を言渡した原判決は法令に違反した誤があり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二次に原判決は第二事実として、被告人は李東和と共謀の上、昭和二十六年三月十日頃政府の免許を受けないで四斗甕を容器として蒸米約七升、米麹約七升、水約一斗五升を原料として仕込み醗酵させてその頃アルコール分約十二度の清酒醪約四斗ができると(一)内約三斗はそのままとして清酒醪約三斗を製造し(二)内約一斗の醪を同月十三、四日頃瀘過してアルコール分約十二度の清酒約七升を製造したとの事実を認定し、右(一)と(二)とは各独立した犯罪とし、夫々刑法第六十条酒税法第六十条第一項罰金等臨時措置法第二条を適用し、(一)の点につき罰金五千円(二)の点につき罰金一万五千円の言渡をしている。しかし原判決挙示の証拠によれば、本件は被告人は政府の免許を受けないで清酒を製造する目的で、右判示の如く一個の甕に一回に原料の仕込をして醪約四斗を製造し、その醪の一部約一斗を瀘過して清酒約七升を造り、残醪約三斗でも清酒を造る目的であつたところ、その運びに至らない前に検挙せらるるに至つたと云う事実関係にあることが明らかであるから、斯る事実関係にある場合に於て被告人の醪及び清酒の密造が原判決認定の如く二個の独立した犯罪を成立するものか否かを検討する必要がある。被告人が最初製造した醪約四斗は一個の甕に一回仕込み同時にできたもの即ち一個の行為により生じた一団のものであるが、その内の一部を瀘過して清酒を造つたに過ぎない。今若し被告人が残部の約三斗の醪を瀘過して清酒を製造した際に発覚したものとしたら最初の清酒の製造と、残醪による清酒の製造とを二個の密造としないで包括的に一個の犯罪が成立するものとすることに何人も異存はないであろう。又若し醪約四斗ができただけで未だ少しも清酒を製造しない間に発覚したとしたら醪約四斗の密造として一個の犯罪を認めることであるとすることも亦明らかであろう。然らばその醪の一部から清酒を製造したからと云つて、この場合に二個の犯罪が成立するとせば彼此権衡が保てない。

又酒税法第十四条第十六条の規定によれば、酒類又は醪を製造しようとするものはそれぞれ政府の免許を受けることが必要であつて、只酒類製造の免許を受けたものはその外に醪製造の免許を受けなくともその酒類製造用の醪を製造することができることになつている。

而して醪は清酒製造の過程に於ける生成物であるから無免許にて清酒を製造した罪の内には、その原料なる醪の免許製造罪は当然包含せらるること勿論であるが、本件の如く原料たる醪の一部が残つている場合にこの醪の製造の点を如何に取扱うか、原判決の如く清酒製造の外醪製造の独立罪として取扱うことの不合理たること前説明のとおりであるが、さりとてこの醪製造を不問に附することは酒税法制定の趣意に鑑みてできない。

酒税法第六十条第一項には「免許ヲ受ケズシテ酒類、酒毋又ハ醪ヲ製造シタル者ハ云々」と規定してあつて、酒類と醪とを同様に取扱い同一法条に規定しているところよりすれば、この場合に於ては醪と清酒とを製造した同条項該当の一罪と見るのが妥当であつて、本件に於ては未だ瀘過するところまで行かなかつた醪約三斗と醪約一斗を瀘過して製造した清酒約七升とを密造したとの一罪を構成するものと謂うべきである。

大審院の古い判例(明治四十二年(れ)第一六一一号同年十二月七日第一刑事部判決、刑録第十五輯第一七四四頁)によれば、酒類製造の免許を受けないで清酒製造の目的を以て醪若干を造り、その内幾部より清酒を製造し残醪は清酒製造前収税官吏に差押へられたと云う本件と同様な事実関係にある場合に於てその醪と清酒の密造は手段結果の関係あり刑法第五十四条を適用する場合であると判示している。然しその当時に於ては酒に関しては酒税法に、醪に関しては酒毋醪及麹取締法に夫々規定し、法条及び刑罰を異にしていたのであるが、本件犯行当時に於ては酒税法に一括規定しているのであるから、右大審院の判例と同一に論ずる必要もない。仮りに大審院の見解に従うとしても刑法第五十四条を適用して処断するものであるから、原判決の如く独立せる二罪とすることはできない。

(裁判長判事 岡利裕 判事 國政真男 判事 石丸弘衛)

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